名誉顧問 高木厚保よりご挨拶

高木厚保 會津藩校日新館日新館は天明の大飢饉(1783年)にあえぐ会津藩を再建するため、1803年、家老田中玄宰の「教育は百年の計にして藩の興隆は人材の育成にあり」の建言を入れた五代藩主松平容頌によって完成しました。文武両面にわたって広範囲な教育を行い、優秀な人材を数多く輩出し、地場産業の活性化にも大きな役割を果たしたのです。

残念ながら1868年の戊辰戦争の折、兵火にかかって焼失してしまいました。しかし、その全容は小川渉の名著「会津藩教育考」や山川健次郎の著書や「日本藩学考」にも取り上げられ、その詳細な図面も教育内容も保存されていました。「日新館の復元はわが国の将来にとって、また会津を知ってもらう上での最良の手段である。一日も早く復元すべき」と、有志らと決意しました。

早速、昭和57年10月に会津若松市孔子廟訪問団を結成、私は中国山東省曲阜市を訪れました。曲阜は日新館教育の基本となった孔子さまの故郷です。いまも残る孔府、孔林、孔廟は当時、批林批孔運動のためかなり荒れ果てていましたが、われわれの心を深く打ちました。

日新館は1985年(昭和60年)4月に起工式を行い、総工費34億円をかけて会津若松市河東町に昼夜兼行で工事を進めました。1986年(昭和61年)9月には孔家76代孔令朋先生、駐日中国大使章曙閣下はじめ多くの来賓を迎えて落成披露式典を行い、明けて1987年(昭和62年)3月の開校式を盛大に行いました。ありがたいことに昭和61年9月28日には皇太子浩宮さまの行啓を仰ぎ、また、三笠宮崇仁さま、秩父宮妃勢津子さまなど多数の貴賓のご来館をいただいているところであります。

日新館は今では、国体の弓道競技に使用されたり、論語素読会を行ったり、柔道、剣道、合気道の練習に使われたりして、いま失われつつある武士道精神の継承に大きな力を果たしています。もちろん、孔子祭をはじめとするさまざまな催しは観光の拠点としても重要な役割も担い、さらには日中友好にも役立っていると自負しています。

大勢の皆様の、ご協力・ご苦労・ご尽力により會津藩校日新館を復元、運営してこれました。これからも全力で取り組んで参ります。皆様方の一層のご支援をお願い申し上げます。

會津藩校日新館 名誉顧問 高木厚保

日新館について

 

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